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アルコール依存の父親と暮らして(過去の話)(2004年09月30日)

小さい時から父親は酒飲みだった。酒を飲みに出かけているか、家で飲
むか寝ているか、又は病院に入院をしているかだった。

私は父親が入院していない時は、学校から家に帰って父親がどんな常態
かが一番気になることだった。ある意味いたら一安心。
何故っていなかったら、電話がかかってくる。近くの酒屋から引き取り
に来てくれであったり、道端で寝ているであったり、警察から、病院か
ら怪我をした。だったり・・・

チョー悲惨よ悲惨。笑

よくよく考えると早く病院に入院してくれないかな〜っていつも思って
いたような気がする。

だって、家にいたら酒持って来いっていったり、場所はとる(父親の居
場所)は家は壊すはめちゃくちゃだった。だったら、家にいないほうが
気楽だからだ。

母子家庭の保護を受けていて愕然としたのは中学校3年の時に先生に
言われた「夜間高校行くのか?」だった。そうか、我が家はお金が無
い家庭なんだってこと。社会通念上、お金を稼ぎながら学校に行く対
象になっていることだった。
でも、結局、何とかなって高校に入った。母親は月に10万円ぐらい
の収入があり、私も新聞配達でお小遣い程度は持っており、猫のご飯
代(猫2,3匹と常時暮らしていた)も稼いでいた。生活保護のお金も
あったようだし、父親の兄弟が援助してくださっていたようだ。

高校は工業の電気科に入った。自宅から一番近いのと手に職をつける
為だった。また、数学系が大好きだったので、電気なら向いていたと
言うのもあった。

父は死ぬまで酒を飲みつづけていた。酒が人生を駄目にしたと言って
も良い。ただ、酒を飲みつづけられて幸せだったのかもしれない。
とも感じる。だって、その大好きな酒を飲みつづけることができたの
だから・・・ ある意味家族の犠牲の延長で・・・

続く・・・

投稿者 pasopro : 2004年09月30日 11:40

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