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映画「誰も知らない」を観て(2004年09月12日)

有楽町にて映画を今から観る(PM7:15)

以下、見た感想など(9/13AM11)
家族ってなんだろう。ってのが率直な感想。単に産むだけが家族ではないぞ。生活が整っての家族だと思う。

映画を見た後からいろいろと考えている。まとまらない状態。

長男の明(あきら)の目線で私も映画に入り込んでいた。
母親との関係、妹弟達との関係、父親との関係。一番身近であるはずの母親に甘えられない辛さ。大人びた子どもが見え隠れする。
基本は子ども。学校に行きたいし、遊びたい。子ども達は隠れて暮らすことは望んでいない。望んでいるのは母親だけ。

明なりに一生懸命考え、取る行為は母親の望む行為。それを強いている母親。

母は悪くは無いし、父もある意味悪くはない。皆、生きることに必死であることはわかる。
そのしわ寄せが全て子どもに行ってしまうことがとても悲しい。

昔も同じようなことはあったのだろう。母が子育てを放棄し(忘れようと)、新しい男性の元で暮らすことは・・・ 昔だったら、周りがその残った子ども達をフォローしていたのかもしれない。していないのかもしれない。

明はよく責任を持って家族を支えた。その支えたことだけがとても嬉しい。

映画の中盤から泣いていた。何がってわからない。

生きることがすてきに見えたのかもしれない。
生きることが難しいと感じた時々の明の気持ちがわかったからかもしれない。

映画は日々の暮らしを普通に伝えた。その普通の暮らしが、母親がいない普通で無い暮らしに変わった。
が、子ども達にはそれを普通にしないと暮らせなかった。

表現がまとまらない。読んでいただきありがとう。

投稿者 : 2004年09月12日 19:09

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